緊急帝王切開からの胎児仮死

そこからはもう怒涛というべき流れだったように思う。

 

ますは診察室への移動なんて歩いて数歩なのに「絶対動くな」という事で車いすが準備された。

 

そこでエコーや心電図の説明がドクターからあり、もはや手術回避なんて選択肢はないと。急いで手術の同意書を書いてもらうため主人を至急呼んでくれ。という内容だった。

 

主人に電話するも県外へ出張中のため、来てもらうには半日以上時間を要する。
実家の両親も遠方なのでどんなに早くても2時間はかかる。
1番近い義理両親宅へ電話し、事の経緯を説明すると30分後に駆けつけてくれたが
そのころ私はすでに分娩台の上にいた。

 

もう何がなんだかよく分からなかった。

 

・・・なんで?

 

なんでこうなったの?

 

看護師さんが母子手帳を見て
「明らかに妊娠中毒症だし、いつもこんなにお腹はってるの?」と聞いてくるが
質問に答える余裕というかまず頭の整理がつかなくてぼんやりしていた。

 

義母が大号泣しているのを見て、ますます泣けなくなった。

 

「なんで!?なんでこんなことになったの?」
・・私が聞きたい

 

「先生!お腹の子よりも母体を優先させてください!ええ!!」
・・母体を優先?え?何があってるの?

 

「大丈夫だからね!!」と手を握られたときに唯一いった事が

 

「切らなきゃお腹の子は救えないなら帝王切開でもなんでもします。だから早く手術室に行ってください。先生」

 

義理両親が騒いでたので、なぜか私は冷静にならなきゃと装っていた。本当は泣きたかったけど、泣いたらお腹の子はまた苦しいんじゃないかとも思い、泣くことも出来なかった。

 

9時に病院について今10時か。

 

1時間でえらい事になったな。ごめんね。苦しかったんだね。
命をかけて苦しいアピールをしてたのに気づいてあげられなかった。
こんな母親のもとには産まれたくなかったのかな。

 

本当にごめん・・

 

手術が始まった。

 

動悸がすごくて麻酔科の先生にずっと手を握ってもらい「大丈夫だよ」と声をかえてもらっていた。
今思うとなぜ見知らぬ男性とこんな臨場感たっぷりの中夫婦のように手をつなぎあっているのだろうと思うが、当時は必死で誰かにすがりたかった。

 

麻酔は効いているのだけれど、お腹から赤ちゃんを取り出される感覚は分かった。

 

結構な衝撃で腰が浮くくらいグニーっと持ち上げられるような感触だった。

 

グニー―を何度か繰り返した後に、にわかに周りが騒がしくなってきた。

 

麻酔科の先生に「何かあったんですか?」と聞くと

 

「赤ちゃんね。もうあなたのお腹から取り出されたよ。男の子」

 

え?

 

「ただね。息してない」

 


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